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山田裕樹「文芸編集者、作家と闘う」

 山田裕樹「文芸編集者、作家と闘う」(光文社)は、集英社で30年以上にわたって文芸編集者をしてきた著者による大変面白い回顧録なのだが、その中で個人的に気になった部分があったので、いくつか紹介したい。まず筒井康隆と初めて会った時の話である。同書P.38~39より。

 どういう会話の流れか、その一週間ほど前に発売された小説誌に神(引用者註 山田は筒井の大ファンなので、筒井を「神」と呼んでいる)が書かれた「発明後のパターン」という作品の話になった。二枚ほどのショートショートの怪作だった。

 「意味不明な言葉を並べ立てているだけのなんの意味もない掌編」という書評のようなものをその日に読んだばかりだった。

 「誰もわかってくれないんだよね」と神。

 私の口が勝手に動いた。

 「意味不明な言葉の羅列、という評を読みましたが、法則性があるじゃないですか。あれはみんなハリウッドの俳優の名前を変換した単語でしょう」

 このくだりを読んで、「発明後のパターン」とはなつかしいな、と思わず笑ってしまった。内容に関して簡単に説明すると、何らかの大発明をした博士のもとに男がやってきて、というよくある話らしいのだが、単語がみんな「ハリウッドの俳優の名前を変換」されているために、かなり奇妙な出来栄えになっているショートストーリー、といったところだろうか。

 筆者は以前、唐沢俊一の検証本を頒布するためにコミックマーケットに参加した際に、「発明後のパターン」のパロディを書いたコピー紙をおまけとしてつけたことがあって、それで感慨深くなったわけである。オリジナルが「ハリウッドの俳優の名前」を変換したところを「唐沢検証の関係者」に置き換えただけのかなり安直なものだったので(元データを紛失して確認できないあたり安直さがうかがい知れる)、おまけではなく有難迷惑だったかもなあ、と今更反省しなくもない。まあ、唐沢検証自体が大いなる迷惑だった気もするが…。

 ただ、ひとつ気になったのは「発明後のパターン」についての「『意味不明な言葉を並べ立てているだけのなんの意味もない掌編』という書評」という部分だ。というのも、筆者はだいぶ昔に筒井ファンの父親から「ほら、これはハリウッドの昔の俳優の名前なんだよ」と教えられたことがあるからだ(エドワード・G・ロビンソンの名前もその時に知った)。編集者である山田だけでなく素人の父でも理解できたのだから、プロのはずの書評子がわからなかったというのはどうも…、と思われるのだが、とはいうものの、わからないものはとことんわからないものなので、「ハリウッドの俳優の名前」を変換したものだ、と説明したところで「だから何?」と返されるだけなのかもしれない。ちなみに、「発明後のパターン」は現在「定本バブリング創世記」(徳間文庫。電子書籍もあり)に収録されているのだが―「バブリング創世記」、「発明後のパターン」と並べるとわかりやすい気がする―、「天狗の落とし文」(新潮文庫。こちらも電子書籍あり)に「ハリウッドの俳優の名前」が新しくなった別ヴァージョンが収録されているので、興味のある方は読んでみるといいと思う。

 

 もうひとつ興味深かったのは、福田和也『作家の値うち』飛鳥新社)に一部賛同しながらも反論しているところで、福田は船戸与一の諸作品について、

(前略)著者の国際情勢認識はみなこういう類いの国際紛争デラシネ日本人という形式をとる。若い頃に五木寛之の作品を読みすぎたのか、あるいは『ゴルゴ13』の影響か。

などと酷評しているのだが(『作家の値うち』P.101より。なお、この前段部分でもかなり手厳しく船戸をやっつけていてヒヤヒヤさせられる)、船戸は実際に別名義で『ゴルゴ13』のシナリオを担当していたので(後年ノベライズも担当)、皮肉がたまたま的中したことになるのだろうか。

 

 あと、小林信彦が案の定気難しい人だったのにも笑ってしまったのだが、面白い部分を紹介しているとキリがないので、エンタメ小説ファンの方は実際に一読されることをおすすめしておく。

 

 

 

 

 

 

 

「落語家の業」に唐沢俊一が出演していた

 快楽亭ブラック主演のドキュメンタリー映画「落語家の業」唐沢俊一が出演していた。筆者が確認した限りでは唐沢が出演していたのは全部で4シーン。

 

① ブラックの著書「日本映画に愛の鞭とロウソクを」(1999年、イーハトーヴフロンティア)のプロデューサーとして出演したBOOK TV「活人生活」からの抜粋

② ブラックがTBSラジオの番組のゲスト出演後に心筋梗塞で倒れた際の証言

③ ②で入院したブラックの見舞いに行った際の映像

④ 2021年7月5日に開催されたイベント「談之助・唐沢の落語アカデミア」にブラックがゲスト出演した際の映像

 

 以上である。①について補足すると、「日本映画に愛の鞭とロウソクを」の巻末で唐沢は解説も担当している。また、④は映像がYoutubeにアップされているので、そちらを観てもらったほうがよろしいかと思う。

www.youtube.com

 唐沢がメガネをしていないのは、白内障の手術を受けて視力が回復したためだと思われる。21年の1月から4月まで入院していたので、衰えがかなり顕著で痛々しく見える。ちなみに、このイベントがブラックと唐沢が会った最後だったという。仲違いの理由が

ゴジラ FINAL WARS」だとは……。

ameblo.jp

 さて、②③については、ブラックが倒れたときに居合わせた唐沢が日記で詳細な記録をつけているのでここで紹介しておきたい。唐沢はWeb上で「裏モノ日記」を長期にわたって執筆していたが、サーバーの都合か何かで先頃閲覧できなくなってしまった。しかし幸いなことに、唐沢がパーソナリティーを務めていた「金曜ブジオ!」(2005年10月~2006年3月放送)の同人誌「金曜ブジオ!わたしのお兄ちゃん(違う)」で当時の日記が転載されているので、今回はその中から興味深い箇所をいくつか取り上げる。なお、上記の同人誌のタイトルは、「金曜ブジオ!」の副題「唐沢俊一のわたしのまわりは鬼ばかり」と「週刊わたしのおにいちゃん」をひっかけたものだと思われる。

 ブラックが倒れたのは、2005年10月21日放送の「金曜ブジオ!」に出演した直後のことで、調整室で倒れたブラックを小林麻耶アナ(彼女も「金曜ブジオ!」のパーソナリティーだった)が「膝枕をするように」寝かせている間に救急車が到着し、唐沢は所定の手続きのために質問に答えることになる。同書P.9~10より。

「名前は?」

「本名は福田と言いますが、芸名は快楽亭ブラックで」

「かいらく?」

「ええ、快くて楽しいという、あの快楽」

「住所は?」

「……さあ、最近離婚して引っ越したばっかりでちょっと」

「家族は?」

「……いや、誰もいなくて」

「会社とかは?」

「いや、こないだ所属組織から除名されたばかりで」

「連絡先は?」

「本人が持ってる携帯だけでしてねえ」

「連絡つく友人とかいないの?」

「その友人たちに借金こさえて総スカンくって」

「ご両親は存命?」

「母親はまだ生きているとは聞いてますが、朝鮮の人と再婚して向こうの人になっちゃってますしねえ」

 

と、まさしく落語のようなやりとりが展開されたという(もちろん唐沢の証言なので「盛っている」可能性は多分にあるが)。一方、倒れたブラックも、

救急隊員が「はい、そうです。患者は男性です」

とレシーバーで報告しているのを聞いて、

「あの、すいません、“たいへん二枚目の男性”と訂正してください」

と苦しい息の下から軽口を叩く。

 

(前略)酸素マスクの下から快楽亭、それを聞いて

「……(原因は)夕べの寿司だナ」

とつぶやいた。こんな状況下で思わず吹き出してしまう。

 

いずれも同書P.10より。生き死にがかかった場面でジョークを飛ばすのは「落語家の業」だろうか。この後、立川談之助をはじめとした落語家たちも駆けつけて(ブラックの息子も来ていた)、緊急事態に似つかわしくないユーモラスなやりとりが展開されていくのだが、いちいち引用するわけにもいかないのでひとつだけ、一段落ついた後で韓国料理屋に入った唐沢たちが最初にハツを注文したエピソードを一応紹介しておく。

 さて、翌週10月28日の「金曜ブジオ!」では、たまたまTBSに来ていた立川談志(もちろんブラックの元師匠である)が番組に乱入するというハプニングが発生する。同書P.14より。

「アー、ブラック、なに、死ンだの?」

「いや、生きてますー!」(まやや)

という感じで談志調全開。

「病院、どうするつもりかネ。アイツ、金ねえンだから。知らねエで置いているンで、知ったらすぐ追ン出されんじゃねエの?」

などとトバすトバす。

 ただし、その口調の中に、いかにも芸人らしい芸人であるブラックの生き方への肯定がばしばしと感じられる。

「……だから、除籍ッてのは野暮なことなンで、本当はしたくなかったンだが、このまま放っとくとオレの金にまで手ェつけられそうで……」

しゃべりはとまらず。

 

 いい話だ。番組の音源が残っていたら映画で使えばよかったんじゃないかなー。で、さらに翌週11月4日の放送前に唐沢はおぐりゆかと一緒にブラックの入院先まで見舞いに訪れて、この模様は映画の中でもそのまま使われている。同書P.15より。

 やはり先客あり。梅山さんがカメラ回しているところに二人で言って(原文ママ)、ちょっと話をテープにとらせてもらう。

「麻耶やのお尻のようなふっくらした桃缶を早く食べたいどぇーす」と、どこまでも不謹慎な男である。

 

 なお、小林麻耶は「落語家の業」を鑑賞して不快感を表明している。

 筆者も先日「落語家の業」を観に行ったが、大須演芸場強制執行「実況中継」(席亭のクセがすごい)と裁判の賠償金の解決手段が圧巻すぎて「世の中にそんなことがあるんだ……」と呆然としてしまった。ブラックのファン、落語愛好家ならずとも人間と世間の奥深さを知るうえで一見の価値のある作品であると個人的にはおすすめしておきたい。

rakugokanogou.com

 

 

 

山本弘「輝きの七日間」

 山本弘「輝きの七日間」上下巻(河出文庫)を読んだ。SFマガジン」2011年4月号から2012年10月号にかけて連載された小説なのだが、事情があって山本の存命時に単行本化はなされなかった。その「事情」については、著者である山本本人も生前にX(旧Twitter)で語っていた。

 詳しい事情を知りたい方はこの後の一連のポストか、「輝きの七日間」下巻の大森望による解説を参照されたい(上巻の解説は山本と親しかった友野詳が担当していて、こちらも興味深い内容である)。

 さて、「輝きの七日間」のあらすじをざっと語ってしまうと、ベテルギウス超新星爆発によって発生した未知の粒子が地球に到来したことで、全生命(「全人類」でないのがキーポイントであり、これまで単行本化されなかった「事情」の遠因にもなっている)の知能が飛躍的に向上したこと、そしてその現象がわずか7日間しか保たないと判明したことによって世界中で混乱が生じていく……、というものになるだろうか。「アルジャーノンに花束を」をワールドワイドに拡大させた話、と言えばわかりやすいかもしれない。

 2024年3月に亡くなった山本の「新刊」ということで、筆者も購入して一読したのだが(電子書籍はないので文庫版を買った)、少なからず首を捻らざるを得なかった、というのが正直な感想である。一番の齟齬は、筆者と山本とでは「知能」の捉え方が違っていて、「仮に人間の頭が良くなったとしてもそうなるものだろうか?」と何度も気になってしまったのだ。もうひとつは、どうにも「説教臭い」ことで、「まあ、おっしゃりたいことはわかりますが……」と読み進めながら若干辟易させられたのは否めない。ただし、この「説教臭さ」については、「輝きの七日間」の最終盤で自己言及めいた文章があるので、山本は自らの「説教臭さ」をはっきり認識しつつも、それでもあえてこの物語を書き上げた、と理解するのが正しいように思う(山本の小説の「説教臭さ」は以前から指摘されてはいた)。その主張に同意しないまでも、冷笑主義が蔓延する現状にあって理想主義を貫こうとした山本の姿勢には頭が下がる思いがするし、その点において「輝きの七日間」という作品には一読する価値があるかと思う。

 先に文句を言ってしまったが、筆者が「輝きの七日間」を楽しんで読んだのは間違いない。たとえば、人類の知性が向上した効果のひとつとして、「オカルト番組のインチキに気づく」のが描かれているのは、「と学会」の会長として長年活躍した山本ならではで笑ってしまったし、また知性の向上によって陰謀論やデマなどの迷妄から人々が解放される描写などは、本作で書かれた山本の「希望」のひとつなのだろう、という気がする。しかし、筆者が本当に大笑いしたのは以下のくだりである。「輝きの七日間」上巻P.173より。

 ロシア・ノヴォシビルスク

 現地時間一二月八日日曜日午前〇時(グリニッジ標準時七日午後六時)―

 深夜、自宅の書斎で、他人の論文からカット・アンド・ペーストして論文をでっち上げる作業をしていた大学教授が、突然、自分の行為の愚かさに気づいた。

「なぜこんな幼稚なことをやってもバレないと思っていたんだ?」彼は愕然となっていた。「何十年も前ならともかく、今は関連する論文なんかネットで簡単に検索できて閲覧できるんだぞ。誰かが比較したら一発で盗用だって分かるじゃないか。私の学者生命はそれで終わりなんだぞ。なぜそんな無謀なギャンブルをやろうと思った⁉」

 ははははは! いやー、実に痛烈。だって、「コピペなんかする奴は頭が悪い」って言ってるのと同じなんだもの。これは「例の件」に対するアンサーとして受け取っていいんですよね? と言ったら天国の山本に怒られそうなので止しておくにしても(山本は「天国」を信じてなかったと思うが)、喜んでしまったのは事実なので仕方がない。なお、上の文章と関係があるかどうか定かではないが、リンクを一応貼っておく。

kensyouhan.hatenablog.jp

 というわけで、「輝きの七日間」をみなさんにおすすめしたいところである。もともと筆者は山本の小説の良い読者とは言えない。SFでありつつも私小説の要素を多分に含んだ「去年はいい年になるだろう」(PHP文芸文庫。電子書籍でも入手可)は面白く読めたので、山本の本領であったSF的感性に筆者が乏しいためかと思う。

kensyouhan.hatenablog.jp

 筆者はむしろオタクの先達としての山本に敬意を持っていて、唐沢俊一検証を進める過程において、あまり望ましくないかたちであっても生前の彼と接点を持てたのは、今でもそれなりに良い思い出として残っている。そんなわけなので、山本とは検証と無関係な場所で他愛のないオタク話を一度してみたかった、と今でも思うし、彼が「ゴジマイ」や「ジークアクス」を観ずに逝ってしまったのが残念に思われてならない(「アポカリプスホテル」も好きそう)。なお、筆者がいずれ書く予定の「長文」で山本も登場する予定なので、その際に山本についてはまた改めて語ることになるかと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

高島俊男の災難

 中国文学者の高島俊男(1937~2021)が産経新聞」2001年7月8日に掲載された同紙の名物コラム(だった)「斜断機」に執筆している。タイトルは「孤独な車中事件」(2015年に連合出版から発行された「お言葉ですが…別巻3 漢字検定のアホらしさ」に収録されている)。以下に冒頭部分を引用する。

 東京近郊の電車で、「奥へつめてくれないかな」と言った人が殴り殺される、という事件があった。この件をとりあげた新聞の社説に、「一人で行動するのは、危険が伴う。まずは皆で協力して、立ち上がる勇気を持つことを訴えたい」とありました。思わず失笑いたしましたね。どうしろというつもりなんでしょう。まあ社説なんてのはこういう空虚なことを言うのが商売なのかもしれませんが。

 約25年前のコラムなのでいくつか補足しておく。高島が書いている「事件」というのは、2001年5月26日に西武線西武遊園地駅で発生した暴行殺人のことで、この前月にも東急田園都市線三軒茶屋駅で乗客が殴り殺されていて、電車内での暴力行為が当時の社会問題になっていたわけである。さらに言えば「新聞の社説」というのは、このコラムが掲載されているのと同じ産経新聞」2001年5月30日の社説「車内暴力 一人で危険ならみんなで」のことで、高島が「失笑」しながら引用しているのは同社説の締めくくりの部分である(タイトルを見れば結論もわかってしまうのだが)。自らの文章が載っている新聞の社説をあえて名前を出さずに皮肉っているのがなかなかに激辛ではあるが、では何故高島が失笑したのかというと、

 小生は車中等でよく声を出すほうだが、言ったとたん、周囲の空気がサーッと冷えて、自分が孤立しているのを感じるのが毎度のことだ。

と、「十年ちかく前」(2001年当時なので1990年代になるのだろうか)に「東京駅から丸ノ内線池袋行き」に乗った際の経験談を書いている。座っている「若い娘」「チンピラみたいな男がしきりにわるさをしかけている」ので、

 小生ごくおだやかに「やめなさいよ」とその男に言った。とたんに下腹部を強打された。カラテか何かの心得のあるやつだったのだろう。息がとまってその場にくずれおちた。動くことも声を出すこともできない。

 実にひどい話だが、さらにひどいことに他の乗客たちは倒れこんだ高島を助けもせず声をかけもせず(「若い娘」も無視していたという)、池袋駅に着くと高島はやっとの思いでホームまで出て「しばらく柱の下でへたばっていた」という。このコラムの結びを以下に引用する。

 殴られたのはこの一度だけだが、おどかされたくらいなら何度もある。経験のある者なら、周囲の乗客が「立ち上がって」くれるだなんて夢物語だと、だれでも知っていよう。

 

 かかわりあいを避けようとするのはほとんど人の本能なのでしょうね。これはいかんともしがたい。論説委員さん一度やってごらんになったらわかると思いますよ。

 正しいことをしようとしたにも関わらず痛い思いをして、しかも誰も助けてくれなかった絶望感が伝わってきて実に暗澹とさせられる。筆者はリアルタイムでこのコラムを読んで衝撃を受けたのだが(当時通っていた大学図書館で読んだ記憶がある)、時間を経て再読してもやはりショッキングな内容であるのに変わりはない。高島といえば「週刊文春」で長期連載していたコラム「お言葉ですが…」が有名で、筆者も愛読していて「骨のある人」という印象があったので、そんな人がこんなひどい目に遭うなんて、と当時は思ったものだったが、今になってみると「骨のある人」だからこそ災難に遭ったのだ、という風に感じられた。なんという理不尽…。仮に高島と同じ状況になったとしても彼と同じように勇気を出して助けに入れるとは到底思えないし、既に亡くなった高島に今更同情の声をかけても仕方がないのかもしれないが、「このような文章があった」というのを記すこと自体に何かしらの意味がある気がする(ネット上で調べてもこの件に関する情報は見当たらなかった)ので、今回記録しておくことにした次第。

 

 

 

 

 

唐沢俊一が「キネマ旬報」に投稿していた?

 筆者には、国会図書館に行くと、とりあえずデータベースで「唐沢俊一」と検索する悲しき性があるのだが、先日別件の調べ物をしに出かけた際にいつものように「唐沢俊一」で検索したところ、キネマ旬報がヒットしたので、「あれ? こんなのあったっけ?」と首を傾げてしまった。もちろん、筆者のポカで見落としていた可能性もあるが、もうひとつの可能性としては資料のデジタル化が進んだおかげで、それまで検索に引っかからなかったものも見つかるようになった、ということも有り得るのではないだろうか。それはともかく、今回何が見つかったかというと、唐沢俊一」という人物が「キネマ旬報」の読者投稿欄に投稿していた形跡である。

 

 「唐沢俊一」の名前があるのは、「読者の映画評」というタイトルそのままに読者が映画などの批評を投稿するコーナーで(筆者は「キネ旬」に詳しくないのでこのコーナーが現在もあるのかわからない)、以下の号で「唐沢俊一」の名が見出せる(カギカッコ内は取り上げた映画)。

 

1983年12月下旬号「はだしのゲン

1984年1月上旬号「E.T.

   2月上旬号「太陽の王子・ホルスの大冒険」

   3月上旬号「太陽を盗んだ男

   3月下旬号「男はつらいよ・口笛を吹く寅次郎」

        里見八犬伝

   4月上旬号「E.T.

        「太陽の王子・ホルスの大冒険」

   4月下旬号「東海道四谷怪談

 

 とりあえず発見できたのは以上である。この「唐沢俊一」が昨年亡くなったライターの唐沢俊一ではなく、同姓同名の別人である可能性もあるが(長野には「唐沢」姓が多いようだから信州の人かもしれない。ちなみに、唐沢俊一の父方の祖父も長野出身らしい)、上に挙げた投稿の中に「ホルスの大冒険」があるあたり、「アニドウ」に在籍していた唐沢俊一らしさを感じさせる。まあ、「ホルスの大冒険」と「E.T.」が2回投稿されているのは謎だが…。

 さて、そうなると、どのような評論なのか内容が気になるところだが、残念ながらそれはわからない。何故かというと、「唐沢俊一」の名はどれも「第一次選考通過評」に載っていて、一次止まりだと本文は掲載されないようなのだ。なので、肝心の中身はわからない、という次第である。

 

 筆者は以前「唐沢俊一検証blog」にて、アマチュア時代の唐沢俊一の投稿を何度か取り上げたが、その内容には問題が多々あったものの、後にプロになるだけの筆力はある、と考えていたので、「キネマ旬報」への投稿が全滅してしまったのは少なからず意外でもあったのだが、とはいうものの、ボツになった理由はなんとなく想像がついてもいる。

 

 シンプルな話だが、「読者の映画評」の規定には「1000文字以内」という要件が定められていて、それに引っかかったのではないだろうか。「ぴあ」や「アニドウ」の会誌に掲載された唐沢の投稿は、どれも長大な文章でかなりの情熱が込められていたからこそ採用に至ったと思われるのだが(付け加えると、唐沢がイッセー尾形のスタッフになったのも「長文」の手紙を送ったのが切っ掛けである)、この戦法も字数制限の前では分が悪かった、ということなのではないだろうか。少なくとも第一次選考は通過しているのだから、それほど悪い内容でもないはずなのだが、今となっては確認する術もないのがかえすがえすも残念である。「キネ旬」編集部も40年前の投稿を保管してはいないだろうし、唐沢がオリジナルの文章を手元に残していたとも考えづらい(晩年の唐沢は蔵書も処分してしまっていたらしい)。

 

 唐沢俊一に関する検証は「唐沢俊一検証blog」が終了した時点で基本的には完結していて、旧ブログ終了後に得られた情報は「唐沢俊一検証本完結編」にまとめて掲載する予定なのだが、今回このネタを取り上げたのは、どうもよくわからない点があるので(そもそも投稿したのが「唐沢俊一」本人かも不明だ)、ブログで公開することで何かわかればいい、と考えたからである。というわけなので、この件に関して何かご存じの方がいらっしゃれば、どうぞ情報をお寄せください。よろしくお願いします。

 

 

「新・UFO入門」以降の唐沢俊一関連年譜(簡易版)

※急ごしらえの簡易版なので、他に重要な事柄を思い出したら適宜追加していく予定。間違いや抜けがあったらご指摘をお願いします。あと敬称略。

 

2007年5月28日 唐沢俊一「新・UFO入門」(幻冬舎)発売

   6月4日 「漫棚通信ブログ版」で「新・UFO入門」内の文章が自身のブログからの盗作であると指摘

   6月5日 唐沢俊一、自身のサイトで内容の「酷似」を認め謝罪

   6月30日 「日本トンデモ本大賞2007」イイノホールで開催

   9月13日 唐沢俊一ソルボンヌK子「泣ける猟奇」(ミリオン出版)発売

   9月27日 と学会「トンデモ本の世界U」「トンデモ本の世界V」(楽工社)発売

   12月15日 唐沢俊一「トンデモ版・ユーチューブのハマり方」(白夜書房)発売

   12月20日 唐沢俊一村崎百郎「社会派くんがゆく! 復活編」(アスペクト)発売。同書に収録されたコラム「『新・UFO入門』顛末記」で、唐沢は騒動について挑発的な態度をとる。

   12月24日 「トンデモない一行知識」スタート

2008年5月10日 唐沢俊一高澤秀次中宮崇宮島理反日マンガの世界―イデオロギーまみれの怪しい漫画にご用心!」(晋遊舎)発売

   6月7日 「日本トンデモ本大賞2008」豊島公会堂で開催

   6月26日 と学会+α著・唐沢俊一編・杉ちゃん&鉄平曲「トンデモ音楽<ミュージック>の世界」(小学館クリエイティブ)発売

   7月11日「唐沢俊一検証blog」スタート

   8月20日 唐沢俊一河井克夫「血で描く」(メディアファクトリー)発売

   8月23日 大阪・岸和田で開催された「DAICON7」に参加した唐沢俊一藤岡真が話しかける。

   9月20日 「唐沢俊一のトンデモ事件簿」(三才ブックス)発売

   10月8日 「J‐CASTニュース」で「唐沢俊一、2度目の無断引用 コピーして順番入れ替え?」と報じられる。

   10月20日 東京大学での講義に唐沢俊一がゲスト参加。その終了後に「唐沢俊一検証blog」の管理人が話しかける。

   11月6日 唐沢俊一ソルボンヌK子「カルトの泉」(ミリオン出版)発売

   11月7日 「創」12月号をもって岡田斗司夫唐沢俊一の連載対談「オタク論!」終了。後に単行本化。再開予定もあったらしいが実現せず。

   11月 フリーペーパー「pronto pronto?」で連載されていたコラム「トリビア名誉教授唐沢俊一のビジネス課外授業。」、VOL.15で終了

   12月11日 唐沢俊一村崎百郎「社会派くんがゆく! 怒涛編」(アスペクト)発売

2009年2月24日 「熱写ボーイ」4月号から唐沢俊一「世界ヘンタイ人列伝」スタート

   5月1日 岡田斗司夫唐沢俊一「オタク論2!」(創出版)発売

    同日 岡田斗司夫唐沢俊一眠田直オタクアミーゴスの逆襲」(楽工社)発売

   5月28日 唐沢俊一ソルボンヌK子「昭和ニッポン怪人伝」(大和書房)発売

   6月6日 「日本トンデモ本大賞2009」豊島公会堂で開催

   6月8日 唐沢俊一、心臓の不調で入院(16日に退院)。翌週に予定されていた岡田斗司夫とのトークイベントは中止に。

   6月25日 唐沢俊一「博覧強記の仕事術」(アスペクト)発売

   8月   PR誌「アスペクト」9月号をもって休刊。それに伴い唐沢俊一若年寄のススメ」終了。

   8月16日 「コミックマーケット76」にて「唐沢俊一検証blog」の管理人が唐沢俊一に「唐沢俊一検証本Vol.1」を献呈する。

   11月24日 「ラジオライフ」2010年1月号から連載がリニューアルし、「唐沢俊一のトンデモ都市伝説探偵団」スタート

   12月17日 唐沢俊一村崎百郎「社会派くんがゆく! 疾風編」(アスペクト)発売

2010年2月24日 「フィギュア王」№145をもって「唐沢俊一のトンデモクロペディア」終了

   3月19日 この日に朝日新聞出版から発売予定だった唐沢俊一の著書「本を捨てる!」、結局発売されず。

   5月1日 と学会「トンデモマンガの世界2」(楽工社)発売

   6月15日 「日本トンデモ本大賞2010」日本橋公会堂で開催

   7月23日 村崎百郎死去。それに伴い「社会派くんがゆく!」終了。

   7月24日 東京三世社の休業に伴い「熱写ボーイ」9月号をもって唐沢俊一「世界ヘンタイ人列伝」終了

   10月24日 「ラジオライフ」12月号をもって「唐沢俊一のトンデモ都市伝説探偵団」終了。後に「スコ怖スポット―東京日帰り旅行ガイド」として単行本化。

   11月25日 「村崎百郎の本」(アスペクト)発売。唐沢俊一は同書に追悼インタビューを寄せる。

2011年2月14日 「Quick Japan」Vol.94発売。吉田豪不惑サブカルロード」のゲストで唐沢俊一登場。

   3月11日 東日本大震災

   6月11日 「日本トンデモ本大賞2011」銀座・ブロッサムで開催

   6月18日 と学会「トンデモ本の大世界」(アスペクト)発売

   6月28日 唐沢俊一「スコ怖スポット―東京日帰り旅行ガイド」(ごま書房新社)発売

   7月1日 と学会「トンデモ本の世界X」(楽工社)発売

   7月11日 山本弘「去年はいい年になるだろう」が第42回星雲賞日本長編部門受賞

   12月7日 唐沢俊一作・演出の舞台「タイム・リビジョン」下北沢・楽園で上演(11日まで)

2012年1月13日 日本テレビガキの使いSP完全版‼ 絶対に見逃してはいけない空港24時」に唐沢俊一が出演

   1月18日 唐沢俊一「トンデモ非常時デマ情報レスキュー 」(コスミック出版)発売

   3月21日 白夜書房パチスロ必勝ガイドNEO」5月号をもって休刊。それに伴い唐沢俊一「エンサイスロペディア」終了。

   6月9日 「日本トンデモ本大賞2012」新宿・ロフトプラスワンで開催

   6月29日 立川談之助立川流騒動記」(メディアパル)発売。唐沢俊一は同書の「プロデューサー」を担当。

   7月10日 唐沢俊一作・演出の舞台「楽園の殺人」下北沢・楽園で上演(16日まで)

   10月1日 唐沢なをき四コマ漫画「オフィスケン太」、読売新聞夕刊でスタート

   11月21日 と学会「トンデモ本の新世界 世界滅亡編」(文芸社)発売

   12月2日 日本テレビ「スクール革命!」に唐沢俊一がゲスト出演。それまでもたびたび出演していたが、この回以降出演せず。

   12月19日 唐沢俊一作・演出の舞台「7:00は殺しの番号」下落合・TACCS1179で上演(23日まで)

   12月20日 唐沢俊一(石平・呉善花協力)「日中韓お笑い不一致」(徳間書店)発売 ※最後の単著

2013年2月1日 唐沢俊一「トンデモ美少年の世界」電子版(アドレナライズ)発売

   3月1日 唐沢俊一「お父さんたちの好色広告」電子版(アドレナライズ)発売

   4月10日 唐沢俊一作・演出の舞台「祟りたいほど愛してる!」下北沢・楽園で上演(14日まで)

   6月8日 「日本トンデモ本大賞2013」お台場・カルカルで開催

   6月10日 唐沢俊一のメルマガ「たった一人の社会派くん」配信開始

   7月11日 原田実「トンデモニセ天皇の世界」(文芸社)巻末で原田と唐沢俊一が対談

   8月9日 と学会「タブーすぎるトンデモ本の世界」(サイゾー)発売

   11月12日 「コミックビーム」12月号から唐沢なをき「まんが家総進撃」スタート。後にコミックス全4巻。

2014年3月   唐沢俊一、検査入院

   4月30日 山本弘、「と学会」から引退を表明

   9月12日 と学会・百元籠羊・水野俊平「日・韓・中トンデモ本の世界」(サイゾー)発売

   10月1日 唐沢俊一作・演出の舞台「ビストロ・クリニーク」阿佐ヶ谷・アルシェで上演(5日まで)

2015年1月30日 怪談専門誌「幽」VOL.22をもって唐沢俊一「漫画についての怪談(アヤシイハナシ)」終了

   5月19日 唐沢あや子(俊一・なをき兄弟の母)死去

   6月17日 唐沢俊一作・演出の舞台「ぴかれすく~詐欺師と女と女と女~」下北沢・楽園で上演(21日まで)

   7月25日 「と学会2015・エクストラ+トンデモ本大賞スペシャル!」新宿・ロフトプラスワンで開催

2016年1月22日 唐沢俊一芦辺拓脚本、唐沢俊一演出の舞台「オペラ座の探偵」四谷・絵本塾ホールで上演(23日まで)

   3月24日 唐沢俊一作・演出の舞台「ロマンスのココロ」中目黒・ウッディーシアターで上演(28日まで)

   7月9日 山本弘「多々良島ふたたび」が第47回星雲賞日本短編部門受賞

   10月11日 「日刊ゲンダイ」のシリーズ連載「私が書いた離婚届」で唐沢俊一が離婚の事実を認める。

   10月12日 唐沢俊一作・演出の舞台「お父さんは生きている」下北沢・シアター711で上演(16日まで)

2017年4月8日 唐沢俊一作・演出の舞台「ウサギと幽霊」参宮橋・トランスミッションで上演(16日まで)

   9月23日 「と学会」結成25周年大会、目黒雅叙園で開催

   10月15日 「と学会25thイヤーズ!」(東京キララ社)発売

   10月18日 「新潮45」11月号に唐沢俊一のコラム『ネットに跋扈する「繊細チンピラ」』掲載 ※これ以降、商業誌での文章の発表を確認できず。

   10月23日~ 唐沢俊一町山智浩、「シン・ゴジラ」をめぐってTwitterで論争。

   12月6日 唐沢俊一作・演出の舞台「ペットハウス」参宮橋・トランスミッションで上演(10日まで)

   12月   唐沢俊一、「と学会」を退会

2018年3月14日 唐沢俊一作・演出の舞台「オールド・フランケンシュタイン」「CHAЯLY」下北沢・楽園で同時上演(21日まで)

   5月10日 山本弘脳梗塞で入院

   10月30日 唐沢俊一作・演出の舞台「Beautiful Star~たまにUFOも来るBAR~」エビスSTARバーで上演(11月4日まで)

2019年1月10日 唐沢俊一脚本の舞台「KARASAWA幕末劇 うそつきお扇」浅草六区ゆめまち劇場で上演(14日まで)

   1月26日 「唐沢俊一検証blog」更新終了

2020年8月14日 『山本弘のリハビリ日記』「と学会の興亡・その一」で「と学会」を辞めた理由が書かれる(その四まで続く)。

   8月20日 山本弘Twitterで自殺をほのめかす

2021年1月19日 唐沢俊一、体調不良で入院(4月末に退院)

2022年11月中旬 唐沢俊一と四海書房が接触。新刊の企画が持ち上がる。  

2023年4月21日 唐沢俊一、体調不良で入院(11月に退院か)

2024年2月9日 唐沢俊一が四海書房に返金し、新刊の企画は頓挫。

   3月29日 山本弘死去

   8月19日 『デイリー新潮』「東京都の「カスハラ防止条例」で、悪質なクレームは減るのか 専門家が語る期待」で唐沢俊一がコメント ※現時点で確認できた雑誌での最後のコメント

   9月24日 唐沢俊一死去

『トンデモ本の世界R』を再読して

 トンデモ本の世界R(2001、太田出版)を再読していて、山本弘氏が大藪春彦餓狼の弾痕(1994、角川書店)を取り上げているのを見て「あったなあ」と懐かしく思った。そして、氏の文章を一通り読み終えてから、「やっぱり一言書いておきたい」と思ったのでその通りに書くことにする。

 『餓狼の弾痕』がトンデモ本であることは間違いのないところだろう。一応、オペレーション・ヴァルチュアーなる秘密組織が政界や財界の大物が汚い手段で築き上げた大金を巻き上げていく、というストーリーのはずなのだが、実際はただひたすら同じシチュエーションが何十回も繰り返されていく、という昨今流行りのループものを先取りしているのではないか、と誤解したくなる文字通りトンデモない作品なのである。筆者も以前に「唐沢俊一検証blog」で『餓狼の弾痕』をネタにしている。

ガロの弾痕。 - 唐沢俊一検証blog

 

情事の最中のターゲットを襲う→ビデオテープを見せる→金庫を開ける→ペースメーカー型爆弾を埋め込む→嘘でない証拠に愛人を爆破する→新世代の抗生物質「ホスミシン」と患者手帳を渡す→(最初に戻る)

 

 本当にこの展開が繰り返されるだけなので読んでいると眩暈がしてくる。だから、トンデモ本として取り上げられることに異議はない。しかし、山本氏の取り上げ方には異議がある。『トンデモ本の世界R』P.284より。

 実を言うとこの本、一度は商業出版で紹介するのを断念した。というのも、僕も角川書店で書いている身、おまけに大藪春彦氏といえば日本の誇るバイオレンス小説の巨匠である。その作品をトンデモ本として紹介するのは、さすがに勇気が要る。下手すりゃ作家生命を絶たれかねない。

 しかしその後、ご存知の通り、大藪氏は九七年に亡くなられた。ご本人が抗議してくる心配はもうないわけだし、角川書店のみなさんもたぶん笑って許してくださるだろう……と考え、ここに紹介することにした。なにしろ、埋もれさせるにはあまりにも惜しい大怪作なのだ。

 …えーと、一言で言えば「死人に口なし」ってことですよね、これって。20年近く前の文章に突っ込むのもなんだけど、普通は逆なんじゃないかな。著者が亡くなってしまったからトンデモ本として取り上げるのはやめておく、というのなら分かるけど、亡くなったから取り上げる、というのは筆者の目からは奇妙な倫理観にしか映らない。それとも、「と学会」の界隈では故人に対して生きているうちは言えなかったことをあれこれ突っ込む習慣でもあるのだろうか。

 この後、『餓狼の弾痕』から引用しつつ、作品のトンデモなさを紹介していて、このあたりはさすが山本氏、という印象である。『トンデモ本の世界R』で紹介されたのをきっかけに『餓狼の弾痕』を読んだ、という人も結構いるようだ。しかし、締め括りの文章でまたひっかかる。同書P..288より。

 まえがきによれば、日本の汚い政治に対する怒りが、作者にこれを書かせたという。怒りがあまりに強烈で、小説としての構成を忘れさせるほどだったのか。もっとも、伝え聞くところによれば、すでに死期が迫っていて頭が……だったという説もある。

 ともかく、ご冥福を祈りたい。

 山本氏は『餓狼の弾痕』を担当した編集者は困惑しただろう、と文中で書いているが、筆者としては『トンデモ本の世界R』の編集者もよくこれを通したな、と思わざるを得ない。健康状態を揶揄するなんて一番やってはいけないはずのことなのに。大物作家に対して腰が引けているのと、それでいながら「茶化したい」「からかいたい」という気持ちが出ていて、実に中途半端な感じを受ける。どうせやるなら徹底的に容赦なく突っ込むべきではないのだろうか。その方が逆に不快感も薄まるはずだ。

 ただ、自分が山本氏の文章に対して一番に不満を覚えるのは、どうして何度も同じシチュエーションを繰り返したのか、について考察がなされていない点である。「あれ~、同じことしか書かれてないじゃん、おかしいね、アハハ」と言うだけなら誰でも出来るのであって、おおよそ知的な態度とは言えないだろう。

 

 さて、上でリンクを貼った「唐沢俊一検証blog」のエントリーのコメント欄で筆者は藤岡真氏に対して以下のようにレスをしている(ちなみに『餓狼の弾痕』を山本氏に紹介したのは藤岡氏である)。

餓狼の弾痕』は凄い話なんですけど、大藪作品では丁寧に描写しようとするあまり最後は駆け足になってしまうことがよくあったので、どうしてああいうことになったのかはなんとなくわかります。ただ「トンデモだ」と笑い飛ばして片付けて欲しくないなあ、と思います。

 9年前のコメントだが、今でもこの考えに変わりはない。せっかくなので、「どうしてああいうことになったのか」、について、ここから自分なりの推測を書いてみたい。

  山本氏の文章を読んで最初に感じたのは、山本氏は大藪春彦の小説をあまり読んでいないのではないか、ということである。もちろん、それは責められるべきことではないが、とはいうものの、大藪の小説にどの程度触れているかで『餓狼の弾痕』に対する受け取り方は違ってくるのではないか、とも思う。そして、あまり読んでいないであろう山本氏に対して、筆者はわりと読んでいる方なので、当然受け取り方は違ってくる。

 『餓狼の弾痕』を初めて読んだ時、同じシチュエーションの繰り返しに酔い痴れた後で、個人的にまず感じたのは、「大藪さんはこういうのが一番やりたかったんだな」ということである。つまり、変態プレイに興じている敵を襲撃して拷問にかけて秘密を聞き出す、というシチュエーションを何よりも書きたかったのではないか、ということである。そういったシチュエーション自体、大藪の小説には必ず登場していて、ページも多く割かれているのが常である。拷問するために敵のズボンとパンツを脱がせたらジャングルに埋もれた男根から小水がほとばしるのも常である(一応大藪っぽく書いたつもり)。まあ、「拷問にかけられているとはいえベラベラよくしゃべるなあ」「そんな細かいことまで聞かなくても」と思ったりもする筆者は正しい大藪ファンとは言えないのかもしれないが。

 拷問が必ず出てくる、というのは別にエスっ気があるからではなくて、情報を収集する過程を重要視している、段取りをおろそかにしない、という意味合いもあると思う。上のコメントにもあるけど、段取りをしっかり書きすぎて、「最後は駆け足」になった作品もいくつか読んだ覚えがある。そして、『餓狼の弾痕』では段取りを結果よりも大事にしたからこそ、ああなった気もする。

 また、やはり上のコメントに「丁寧に描写」とあるように、大藪はリアリティを大切にする人で、銃器や自動車の描写の詳細さはよく知られているところだ。また、作品を書くにあたってロケハンを行ってもいたそうで、一例を挙げれば、以前Twitterでも書いたが『獣たちの墓標』(現在は光文社文庫)における沖縄の地理はかなり正確である。『餓狼の弾痕』でも、爆弾を体内に埋め込むまでなら他の作家もやるかもしれないが、その後で抗生物質「ホスミシン」を手渡すくだりまでしっかり描写する小説家は、日本いや世界広しといえども大藪春彦しかいないのではないか。「手術したんだから抗生物質を飲まなきゃダメだろう」というリアリティの徹底ぶりというか律義さが素晴らしくて、『餓狼の弾痕』を読んでいるうちに「ホスミシン」という単語を見るだけで笑ってしまうようになるのだから困ったものである。結局、『餓狼の弾痕』は間違いなくトンデモではあるのだが、大藪の作家としての資質が出たが故のトンデモではないのか、と筆者は考える次第だ。それがフォローになっているかは知らない。

 この文章を書くにあたって、筆者も『餓狼の弾痕』を電子書籍で再読したのだが、一番に感じたのは、「ウルフ」「餓狼」という合言葉がダサい、ということではなく、オペレーション・ヴァルチュアーは政界や財界の大物をあっさりと襲撃できるほどの実力を擁しているのに、どうしてチマチマと汚い金を集めて回っているのか、という疑問である。もっとすごいことができそうなのに…。10代の時に『戦いの肖像』(現在は新潮社から電子書籍が発売中)を読んで、あまりにも開き直ったハッピーエンドに感動したのがなつかしくなる。あれ、今なら「なろう」じゃん、って言われるわ、きっと。

 

 せっかくなので、筆者が大藪の小説を読んでいて「ええっ…」となったくだりも紹介しておこうか。『謀略の滑走路』(光文社から電子書籍が発売中)の第10章で、敵のボスの屋敷に忍び込んだ主人公が、ボスに見つかって一緒に一時間くらい音楽を聴いた後で、板の間に仕掛けられた落とし穴に落ちてしまう。この時点で「何故一時間も音楽を?」「何故落とし穴?」と疑問が湧くのだが(「昔の両班は部屋中に落とし穴を仕掛けていた」と説明されているが本当だろうか)、問題はその後である。『謀略の滑走路』P.221より。

 一時間ほどして、突然頭上から懐中電灯の光りが射し込まれ、一本のロープが投げ込まれた。

「どうぞ、このロープを伝って登ってきて下さい。星島さん、わたくしはあなたに助けられた申少尉の妹の白姫でございます。あなた様のことは兄から聞いております」

 で、主人公は落とし穴から脱出するのだが、さすがにご都合主義すぎて笑ってしまった。この白姫(ペクヒ)さん、このシーンにしか登場しないのだもの。ついでに書いておくと、主人公が敵のボスのところに向かうのを申少尉が何故知っていたのかもよくわからなかったりする。この後、金浦空港が大爆発したりしてアクションは充実しているのだが、一番心に残ったのが白姫さんだったのは否定できない。

 …でも、大藪春彦が生きていたらな、と思うことがある。モデルが丸わかりの大物を標的にした話をたまには読みたい。「安毛首相」「クランプ大統領」「ZAZAの後澤社長」とか。

 …一応、大藪春彦ファンとして多少なりとも擁護しよう、という心意気から出発したはずなのだが、逆効果になってきた気もするので、話を変えることにする。

 

 山本氏の文章を読んでいて思ったのは、ただ単に「笑う」のや「怒る」のは別に高度な振舞いではない、ということだ。むしろ、「笑う」「怒る」ためには知識もしくは経験の欠如が前提になっているのではないか、とも思う。例えば、大人の行動を理解できない子供がそれを「笑う」ことはあるし、日本人の習俗を知らない外国人がそれを「笑う」(またはその逆)こともあるだろう。逆に言えば、多少事情を知っていたり自分に近しい事柄だと「笑う」のも「怒る」のも難しくなる。山本氏を含めた「と学会」サイドが唐沢俊一氏のP&Gを少なくとも対外的に目に見える形で笑いも怒りもしなかったのもそういうことなのだろう。まあ、人間だからやむを得ないことではあるけれど。ついでに書いておくと、山本氏は唐沢氏に「長文」を書くことを先般ツイートしていたが、以前から書いているように筆者は山本氏は「長文」を書かなくてもいいと思っているし、山本氏の「長文」に対してあまり期待していない、というのがより正確な心境である。もはや唐沢氏に対してもあまり興味が持てなくなっているしね。

 

 そういうわけで、笑ったり怒ったりするだけではダメだ、しっかりと考えるんだ、と唐沢検証の際に思えたのは「と学会」のおかげでもある、と筆者は個人的に感謝している。まあ、それが実行できたかはあまり自信がないけれど。

 なお、『トンデモ本の世界R』に収録されている、山本氏の小林よしのり『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論(1998、幻冬舎)への批判についても取り上げたいのだが、まず『戦争論』について評価をしてからでないと山本氏の批判に触れられない、と思ったので、今回はパスすることにした。来年中に『戦争論』を取り上げたエントリーをアップして、その中で山本氏の批判についても触れるつもりではいる。

 というわけで、余計な宿題をまた増やしたところで、「ex検証ブログ」の2019年は終了である。

 

 

トンデモ本の世界R

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餓狼の弾痕 (光文社文庫)

餓狼の弾痕 (光文社文庫)

  • 作者:大藪 春彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2012/12/06
  • メディア: 文庫
 

 

獣たちの墓標: エアウェイ・ハンター・シリーズ (光文社文庫)

獣たちの墓標: エアウェイ・ハンター・シリーズ (光文社文庫)

  • 作者:大藪 春彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/04/12
  • メディア: 文庫
 

 

戦いの肖像(新潮文庫)

戦いの肖像(新潮文庫)

  • 作者:大藪 春彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/03/11
  • メディア: Kindle
 

 

 

謀略の滑走路 (光文社文庫)

謀略の滑走路 (光文社文庫)

  • 作者:大薮 春彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 1985/09
  • メディア: 文庫