筆者は小林よしのり(1953~)には少年期および青年期に結構影響を受けているはずで、小林も関係する諸問題についてガッツリ書こうと現在準備中なのだが、今回はいわばその前哨戦を試みたいと思う。
その一方で、小林だけでなく、やくみつる(1959~)にも案外影響を受けている、という気もしている。中学生時代に『パロ野球ニュース』(はた山ハッチ名義)をよく読んでいたためなのか、以前ハガキを投稿していたラジオ番組で「やくみつるっぽいネタですね」と喜んでいいのかそうでもないのか判断に困る評価を頂戴したこともあったりする。今になって思えば、桑田真澄や栄村忠広への執拗ないじりはなんJの先駆け、と言えなくもない気もするし、得意としていた替え歌四コマ、あれはJASRACに報告していたのか?というのも気にならないでもないが、そのような「野球四コマ史におけるやくみつる」といった考察はまた別の機会に譲りたい。
当時から感じていたことで今でも変わらないのだが、筆者のやくに対する一番の印象は「性格が悪い」である。まあ、「そうは言ってもギャグマンガ家だからね……」と許容したい気持ちもありはするし、笑ったネタも当然あったはずなのだが、個人的にライン超えをしてしまっているケースがいくつかあるので(栄村ネタが既にライン超えな気が)、「やっぱ性格悪いよ」と言わざるを得ない。その中でも特に忘れがたいネタを以下に紹介しておく(前に旧Twitterで貼ったものの再掲)。
最初が「週刊ポスト」1992年5月22日号掲載の『やく・みつるのマナ板紳士録』より。

もうひとつ、同じく「週刊ポスト」2010年2月26日号掲載の『マナ板紳士録』より。

……いやー、どちらにしても、意地悪というか悪意しかないのも、ギャグ漫画家なのにユーモアが感じられないのが逆に面白い(もっとも、ユーモアのない「お笑い」の人は決して珍しくはない)。ちなみに、『やく・みつるのマナ板紳士録』は「週刊ポスト」で現在も連載中だが、2025年1月17日・24日合併号掲載分では、唐沢俊一が追悼されている。

こんな感じで、同学年(唐沢は1958年5月、やくは1959年3月生まれ)で同じ雑学通としての共感からか、ネガティブな感情は見られないものの、何故か唐沢とは全く関係のない雑学が披露され、しかも『トリビアの泉』のボタンを書いたつもりが、「へぇ~」ではなく「知ってた~」という音が出る、というガセ混じりの四コマになってしまっている。とはいうものの、唐沢は生前、『社会派くんがゆく!』や『裏モノ日記』でやくを酷評しているので、自業自得の感があって同情はできないのだが。そんな具合で、やくのゲスな作品をもう少しばかり発掘したい悪趣味な気持ちもありはするが(探せばすぐにいくらでも見つかると思う)、そろそろ本題に入りたいと思う。
「サンデー毎日」1994年5月8日・15日合併号のワイド特集「ご意見有用『異論づくし』」にやくみつる(誌面での表記は「やく・みつる」)は『ごーまんかますな! 小林よしのり』という文章を寄稿していて、当時『ゴーマニズム宣言』がヒットしていた小林を揶揄する内容になっている。「サンデー毎日」P.157より。
今、週刊『SPA!』は小林よしのり先生の『ゴーマニズム宣言』が売りで、部数も順調に伸びていると聞き及んでおります。同じ『SPA!』で漫画を連載している私としては、小林先生の稼ぎでギャラをもらっているようなもので、まずはその点、お礼を申し上げたい。
「同じ『SPA!』で漫画を連載している」というのは、四コママンガ『オニのやく目玉』のことで、当時「SPA!」を読んでいた筆者は、『ゴー宣』を楽しみにしながら『オニのやく目玉』も毎号欠かさず読んでいた覚えがある。さて、やくの小林批判だが、はっきり言ってしまうとさほど内容があるものでもない。小林の外見をあげつらったり、漫画のネームが多すぎると注文を付けたり、「宝島30」1994年5月号で対談した石原慎太郎に小林がペコペコしていたと言うなど、勇ましいタイトルに反してへりくだりながら皮肉を重ねるだけなので破壊力に欠けるものでしかなく、
そこで、先生、ごーまんかましてよかですか?
漫画で人を啓蒙したり、世の中変えたり、そんな大それたことはできません。漫画はしょせん刺し身のつま。漫画はしょせん漫画ですよ。
という締めくくり部分(同誌P.158)も、この批判以降、オウム事件や『戦争論』で『ゴー宣』がさらにブレイクすることを考えると完全なる逆張りになってしまっているし、加えて言うなら「漫画家が漫画を貶めるのかね」という自己否定の物悲しさもある。やくは、山田五郎『20世紀少年白書』(世界文化社)で対談相手として登場した際に、「マンガを集大成しないのか」と山田に訊かれて、
それはもう、全くないですね。作品に愛着がないんですよ。日々の飯の種にしているだけですから。
と答えているので(同書P.182)、「漫画はしょせん漫画」というのは彼の信念なのだと思われる(この割り切り方は決して嫌いではないけども)。
さて、やくの批判に対して、小林は「SPA!」1994年6月1日号掲載の『ゴーマニズム宣言』第103回で反応している。電子書籍版『ゴーマニズム宣言』6巻P.134より。
そーいえば石原慎太郎の回では「読み取れぬバカ」の一人にやく一名マンガ家までいたらしいが自ら「私はバカです」と行間で主張してきたのでわしは「そーですか」というしかない
高橋春男は本業のマンガに実力があるからわしをからかっても許可する
わしもムキになって応戦しよう
程度が低すぎちゃー相手にしようがないわい
実際のコマがこれ。

「やく一名」と頭からっぽなヒゲ。誰のことだか一目瞭然である。リアタイで読んでいた筆者(「サンデー毎日」の件は知らなかった)は「やくが小林にあしらわれた」という印象を持ったし、今になってみると、自らに対する批判にヒステリックなまでに反応する小林のいつにないスルーっぷりに、「永尾カルビにはあんなに反応したのに」と感じる次第である(永尾の小林批判は「週刊文春」1994年8月25日号に掲載され、小林は「SPA!」9月14日号で反論)。当時「SPA!」編集長を務めていた靏師一彦(ツルシカズヒコ)が、自身のサイト「クレヤン.コム」(やくみつるの小林よしのり批判 | クレヤン.コム)で、
小林よしのりの『ゴー宣』をマスメディアで最初に批判した著名人はやくみつるなのだが、これ、意外に知られていない事実である。
と記しているのも、小林がまともにとりあわなかったために盛り上がらないまま鎮火して「意外に知られていない事実」になってしまった、ということなのだろう(反論された永尾のほうはまだしも記憶されているだろうか)。
で、小林に「あしらわれた」やくは「SPA!」1994年6月8日号掲載の『オニのやく目玉』で次のようなコメントを残している(タイトルの横に毎回コメントがあるスタイル)。
やれやれ、ヤンキーあがりの自称演歌歌手に心酔する程度の輩にバカ呼ばわりされちゃワシもしまいだわな。よしよし、言ったんさい。
「輩」というのが小林なのは間違いないとして、「ヤンキーあがりの自称演歌歌手」というのは藤あや子ではないか。いや、小林にやり返すのは良いにしても、関係のない人間を中傷するなよ……、としか思えず、この一件でやくに対する「性格悪っ!」というイメージが固まったのかもしれない。なお、やくのコメントに対して小林が反応したかは不明(前述の永尾への反論の際、やくの名前を出してはいる)。
上に掲げたサイトから靏師の文章をまた引用する。
当時、小林よしのりはSPA!で「ゴー宣」を連載中。
やくみつるもSPA!で「オニのやく目玉」を連載中だった。
やくみつるの『サンデー毎日』での批判に対し、
小林よしのりは「ゴー宣」で応戦。
やくみつるも「オニのやく目玉」で応戦。
SPA!の連載陣がSPA!誌上で「ケンカ」をしていたのであった。当時、僕はSPA!の編集長だったが、
やくみつるが小林よしのりを真っ正面から批判していた、
その事実を知ったのは、実はそれから12年後、06年であった。
拙著『「週刊SPA!」黄金伝説』のベースになった文章を書くために、
SPA!のバックナンッバーを丹念に読み始めて、
初めて気づいたのである。それにしても、やくみつるの小林よしのり批判のスタンスが、
時間を経過していても一貫している。
天晴れ、やくみつる!
編集長なのに知らなかったとは? と思ってしまうが、小林が宅八郎よりも早くやくと「SPA!」で内部抗争を引き起こしていたと思うとなかなか興味深い。もうひとつ気になるのは、靏師がやくの小林批判を称賛している点だが、引用文中にも表題が掲げられている靏師の著書『「週刊SPA!」黄金伝説1988~1995』(朝日新聞出版)で小林との軋轢が詳しく書かれているので、このあたりの事情はいずれ深掘りすることになるかと思う。
以下はちょっとした後日談である。小林は2016年7月27日のブログ(ポケモンGOで議論する気などない | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト))で次のように書いている。
やくみつるがポケモンGOを批判したことで炎上したらしい。
やくみつるは流行に迎合せずに親父くさいことを言うので
見直した。
20年ぶりに和解成立! 「ポケモンGO」に目くじらを立てるのはどうかと思うし、「見直した」とあるから、過去に批判されたのを覚えているんだろうけど(よしりんは根に持つタイプだと思う)、何はともあれめでたいことである。それから、文章の続きを見てビックリしてしまった。
時浦から、かつて『戦争論』を批判した「と学会」の山本
とかいう馬鹿が、ポケモンGOをウザいと言ったわしを
批判していると連絡があった。
何故驚いたかというと、山本弘が『トンデモ本の世界R』(太田出版)で『新ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論』(幻冬舎)を批判したのに、筆者の見たところ小林はリアクションを返していなかったからである。山本の批判が届いていないのか?と思っていたのだが、そうではなく知っていたことに驚きつつも、そうなると小林が山本に何故反論しなかったのか、新しい謎が生じてくるのだが。ちなみに、山本の「批判」なるものはこちら。
「わしはもし外でやったらスマホを没収すると厳命した」えー? ポケモンGOが家の中で閉じこもってできると思いこんでおられる?
— 山本弘 『BIS ビブリオバトル部』 (@hirorin0015) 2016年7月26日
ポケモンGOで死者はまだか? #BLOGOS https://t.co/ZFm6MIjb9C
いや、怒るほどのことじゃないでしょ…。
小林にしてもやくにしても、かつて愛読していた作家ではあるが、現在の筆者は2人とも一定の距離を持った冷ややかで批判的な感想を持っている。「若い頃は攻撃的で『毒』のあるものに惹かれがちだったなあ」と、一種の若気の至りとしてまとめることも可能だが、作品をある程度読み込んだ著者について語ることは、結局自分自身を語ることに通じるのだと思わざるを得ない。今回は前哨戦だったが、続く本戦では筆者自身について踏み込んで書く必要もあるのかもしれない(だから筆が進まないのだけど)。







































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